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セカンド・オピニオン [流産]

手術後11日目 基礎体温【36.90】℃

毎朝、体温が下がっていることを期待してるのですが、まだ高温。
今朝、近所のもうひとつの個人病院に行きました。

そこは妊娠検査薬で陽性が出てから初めて行ったY産婦人科。
7月4日(生理予定日1週間後)に行きましたが、まだ早すぎて胎嚢が確認できず
「14日にもう一度きてください。」と言われました。
でも、その日の受付のおばちゃんがすごくいやな感じだったので、K産婦人科に変えたのです。

なので、まず今までの経緯から説明しました。

Y先生「7月4日に来て、14日に来てくださいと言ってそのままでしたね。」
私「11日に別の病院に行ったんです。」
Y先生「どこですか?」
私「K産婦人科です。その日に胎嚢が確認できて、次に7月23日に行きました。
  心拍が確認できて7w0dと言われました。それから8月6日に検診に行ったら
  心臓が止まってると言われました。9w5dのはずやのに大きさが9w3dやって
  言われたんです。」
Y先生「それぐらいは誤差やろうな。週数相当は育ってたわけやね。」
私「それで、8月7日に手術しました。」
Y先生「次の日にしたの?診断が早いなぁ。それで?」
私「今もまだ高温が続いてるので心配になって・・・」

Y先生「まずね、病院をあちこち変えるのはよくないと思う。今回の件は、K先生の
    ところで診てもらってたんやから、僕では経過がわからないんですね。
    今僕が何を言ってもK先生の批判になってしまう。初めてきて
    合わないなぁと思ったら2度と来ない患者さんもいます。それはそれで
    いいんですね。ただ、こっちに来て、いややから向こうにいって、やっぱり
    またこっちに来て、ってやってると、正確な診断ができないんですね。」
私「はい・・・」
Y先生「妊娠検査薬ではまだはっきり陽性反応が出てますが、9週まで育ってたんやったら
     手術後10日ぐらいやったら出ることもあると思います。あと高温が続いてると
     いうのは、胞状奇胎の可能性がありますけど、K先生がおそらく病理組織検査に
     出してると思うので、その結果でわかるでしょう。」
私「あ、こないだこれ(絨毛チェックの報告書)もらったんですけど・・・」
Y先生「あぁ、じゃぁこれで胞状奇胎ではないってわかりましたね。
    このまま生理がくるまで基礎体温は測ってみてください。
    それで今月末ぐらいまでまだ高温が続くようだったら、
    K先生のところにいった方が僕はいいと思う。」

私「そうですか・・・抗リン脂質抗体症候群の可能性があるって言われたんですけど
  こちらで検査してもらうことできますか?」
Y先生「Kさんから来る人みんなそれを言われてるみたいですね。心拍確認後の
    流産の人はみんな言われたって言ってます。
    お医者さんでもそれぞれ考え方があります。僕は一回の流産で
    その抗リン脂質抗体のことは考えなくてもいいと思う。
    一度流産した後、妊娠して無事に出産された方はたくさんいます。
    流産してね、すごく悲しかったでしょ。そのときにそんな病気やっていうとね、
    もっと落ち込むでしょう。ただK先生は可能性として話したんでしょうけどね。
    それと6日に診察したときに週数相当の大きさまで育ってたんやから、
    1週間ぐらいは様子を見てもよかったんちゃうかなと僕は思います。
    まぁK先生が見て、すぐに手術しないといけないという診断だったのだとは
    思いますけど。」

こんな感じでした。
Y先生の言うことはごもっともで・・・
でももうK産婦人科は行きたくなかったし。
このまま高温が続いたら、とりあえずはK産婦人科にまた行かないといけないですね。

でも今日の診察で、今度妊娠したらY産婦人科に行こうって思いました。
もう、受付のおばちゃんがイヤやったっていう理由だけでなんで変えたんやろう、、、って
ちょっぴり後悔しました。

6日の診察で翌日に手術っていうのは、実は私も疑問に思ってたことだったのです。
ネットでいろいろ調べてても、1週間後に再度診察→手術っていうことが多いみたいやし。
ただ、私もこの目で確認して心臓は動いてなかった。
先生はプロやねんからそれを間違うわけはないし、早く手術をした方がいいとの
判断やったからすぐにしただけ。
そう思うことで、疑問は打ち消してきました。

でも、今日Y先生に言われて、あぁ、やっぱりそうやったんかぁ、って
なんとも言えない気持ちになりました。
結果は変わってなかったとは思います。
そう思わんとやってられへんし。

あと、子宮筋腫は7月4日にみてもらったときよりも大きくなってるとのこと。
これも気をつけてみていったほうがいいらしいです。

もうこれからはY産婦人科に通います。
はじめっからずっと通っとけばよかってんけど。
あちこち行ったからこそわかったことで。

今はとにかく一日も早く体温が下がって、妊娠反応が消えてくれるのを待つだけです。


手術後の診察に行きました。 [流産]

手術後10日目 基礎体温【・・・】℃

体温を測るのを忘れてしまいました。
起き上がってしまってからやけど、一応測ってみたら37.02℃でした。
うーん、やっぱり高いままです・・・
胸もまだ張ってます。
手術をしても、組織の一部なんかが残ってたら高温のままやとか・・・?
なんだかちょっぴり心配になってきました。
だってもう手術から10日も経つのに体温は高いまま。

昨日、手術後の診察を受けに病院に行ってきました。
超音波で見てもらって、「問題ないですね。」とのこと。
『病理組織検査』という紙をもらって、子宮から取り出した組織の
絨毛チェック?をしたところ、異常なしだったということです。
よくわからんかってんけど・・・

先生「生理が3回きたらまた次の妊娠にトライしてかまいませんよ。」
私「前に言ってた『抗リン脂質抗体症候群』の検査はしてもらえるんでしょうか。」
先生「1ヶ月後ぐらいに生理がくるので、生理が終わった頃に来てください。
   今検査してもホルモンバランスが崩れてるから、反応してしまうかもしれないのでね。」

以上で診察終了。
ダーリンと病院まで歩いてる途中も待合室で待ってるときも、
ドキドキしたけど、あっさり。
とりあえずは問題ないようでよかったです。

でも、検査はその病院ではしてもらわないつもりです。

手術の日、12時過ぎに手術室に入ってから、4時の診察までの間、
ずーっと手術台に寝かされてました。
ベッドに移されるのではなく、あの硬い手術台に。
前日の説明では「3時ごろ帰れます」って聞いてたけど、
手術室でずーっとダーリンと私二人っきりで、受付にももちろん誰もいなくて
先生がやっと現れたのは4時やったし。

手術のときに注射してくれたりしたベテラン助産師さんは親切やったし
先生も今までの検診では、説明もわかりやすくてよかったけど、
手術の日以降、「あぁ、ここは妊娠が順調にすすんで産むんやったらいいとこなんかもな。」
と思いました。

検査は不妊治療専門のクリニックに行くつもりです。
とりあえずは生理待ち。
手術後もずっと高い体温と胸の張りは心配ですが・・・
明日には下がってくれるかなぁ。

今まで生きてきて、こんなに生理が待ち遠しいのは初めて。


だいぶ復活。 [流産]

手術後8日目 基礎体温【36.77】℃

朝起きてから会社にいる間まで、たいしたお腹の痛みはなし。
と思ってたら、お昼過ぎ、帰りの電車の中でチクチクし始めて・・・
でも軽い生理痛+チクチク程度なので、やっと回復してきたって実感。
出血は、生理最終日程度の量で、茶色っぽい血。

今日は1週間ぶりに朝ごはん、お弁当、夜ごはんを作りました。
ダーリンが肉じゃがを食べたがってたので、今日の夜は肉じゃが。
この1週間お世話になったからね~
ずっと家事全般やってもらって、ほんまに感謝カンシャです。

明日の診察は一緒に行ってもらうことにしました。
いい話でも悪い話でも一緒に聞いて欲しいから。
先週月曜日の検診で流産を宣告されたとき、ひとりでつらくてつらくて・・・

今度妊娠したら、きっと検診にはついてきてもらうと思う。
なんかひとりで産婦人科に行く勇気がなくなったみたい、私。


手術から1週間。 [流産]

8月8日(水) 手術後1日目 体温37.02℃

昨日の夜は、あまりにも痛くて、目が覚めてほとんど眠れず。
今日も痛くて痛くて、立つのも座るのもつらいので、ずっと寝転んでるけど
痛すぎて眠られへん。
出血は昨日の夜は、夜用ナプキンがすぐに真っ赤になるほどやったけど
その後はだいぶ減って、今日はほとんど出血なし。胸はあいかわらず張ってる。

8月9日(木) 手術後2日目 体温36.83℃

昨日の夜は当日よりも少しましで、痛みで目覚める回数が少し減った。
今日もお腹は痛くて、2、3分に一回はぎゅーっと差し込むような痛み。
まだ立つのも座るのもしんどい。
出血は夕方ぐらいから急に増えた。赤い鮮血。
時々組織の一部がはがれたみたいなものが出てくる。胸の張りは同じ。

8月10日(金) 手術後3日目 体温36.74℃

痛みはだいぶまし。
出血は赤い鮮血。胸の張りはあいかわらず。

8月11日(土) 手術後4日目 体温36.73℃

朝起きたら痛みはまたましになってたので、ダーリンに車を出してもらい、
近所のデパートでランチ&食料品買い出しで2時間ぐらいの外出。
帰る頃からお腹が痛み出した。夜までずっと。
帰ってきたら出血が増えてた。胸がパンパンに張って痛い。

8月12日(日) 手術後5日目 体温36.82℃

ぎゅーっと差し込むような痛みはほとんどなくなって、チクチクする痛み。
出血は時々赤い鮮血。
胸はパンパンに張ったままで、何もせんでも痛い。
夕方ダーリンと家の向かいのスーパーに買い物に出たら、めまい。ずっとくらくらする。

8月13日(月) 手術後6日目 体温36.73℃

今日から職場復帰。
お盆やけど、地下鉄は座れず、立ってるとふらふらする感じ。
お昼は食べずにたまってた仕事をして、1時ごろ早退。
今週は朝出勤して、やることやったら早退させてもらうことに。
帰ってきたらだいぶ少なくなってた出血がまた多くなってた。
胸はまだパンパンに張ったまま。体温も下がらず。

8月14日(火) 手術後7日目 体温36.87℃

朝から出勤、また1:30頃早退。
会社でもお腹はチクチク、帰ってきてからはチクチク+引きつるような痛み。
出血は帰ってきてから増えた。赤茶っぽいのも出てきてる。ちょっと古い血?
胸のパンパンはちょっとだけましになったけど、まだ痛いし張ってる。
体温もあいかわらず高い。
私の体、どうなってるん・・・


手術の日のこと。 [流産]

8月7日(火)、朝11:45に病院に行きました。

ダーリンと一緒に診察室に入り、お医者さんから再度流産の説明。
心拍確認後、9週で心臓がとまってしまうということは、
『抗リン脂質抗体症候群』という自己免疫疾患のひとつである可能性もあること。
それは胎盤の血管に血栓ができて、赤ちゃんへの血流が悪くなってしまう病気だそうです。
その場合、低用量アスピリンを服用しながら妊娠することで、血液がさらさらになり
血栓を予防するという治療法があるらしいです。
今回の流産がそういう病気が原因だったかもしれないし、
ただ単に私たちの赤ちゃんの寿命が9週だったのかもしれないと。

そして内診。
まずは超音波で最終確認。
ほとんど可能性はないとわかってても、ほんの少しだけ希望を持ってました。
昨日はたまたま見えへんかっただけで、元気にピコピコ動いてるかも、って。
でもやっぱり赤ちゃんの心臓は動いてませんでした。
そして子宮口を広げる処置。
機械のようなもので広げて何かを入れたみたいです。
これがすごく痛かった。

しばらく待合室で待った後、血圧体重をはかり、いよいよ手術室へ。
ベテラン助産師さんが手伝ってくれました。
ダーリンは手術中も待ってると言ってたのですが、家はすぐ近所なので、助産師さんから
「長くなるから一度帰った方がいいよ。連絡は取れるようにしておいて。」と言われて
帰りました。

手術着に着替えてから、左肩に筋肉注射
痛かった。
それから数分間、一人で手術室で座ってました。
分娩もする部屋のようで、赤ちゃんの体重計なんかも置いてました。
一人で待ってると、さっきまで我慢していた涙があふれてきました。

少ししてから、助産師さんが入ってきて、手術台に寝るように言われました。
内診台みたいに脚を広げてかけて、固定されました。
そして右腕に静脈注射。
「あ、麻酔きいてきた・・・」と思った瞬間、天井と壁が幾何学模様になって
どんどん狭まってきて私のほうへと迫ってきました。
それから、幾何学模様は色と形を変えながら、ずっと迫ってきて
耳鳴りの大きい音みたいなのがずっとこだましてて、気持ち悪くてしかたなかった。
「これ何、気持ち悪い!早く覚めて!」ってずっと思ってました。

そんな気持ち悪い世界をさまよってるうちに、だんだん幾何学模様の色が薄くなってきて
広がってきて、まだほとんど意識はないし、思考能力も全くなかったけど、
脚を台からおろされている感覚がかすかにありました。
後から思うと、手術が終わったとこだったのだと思います。

そこからうっすらと天井の照明が見えてきて、同時に
「あーーーっ!痛いーーー!」と繰り返し叫んでいる自分の声が
頭の中に響いてきました。実際に声に出してるのかどうかはわかりません。
それから徐々に、ほんの少しだけ、体に感覚が戻ってきて、
横向きになってうめいていました。

助産師さんがきたので、まだもうろうとしている意識の中で
かばんから携帯を出してもらいました。
とにかく早くダーリンに来てもらいたかったので。
でも、まだ自由に体は動かず、携帯もどうやってかけたらいいいかもわかりません。
痛みにうめきながら、何度かやってみてやっとダーリンにかけることができました。
なんてしゃべったかは覚えていません。

それから意識の遠くの方で「すいませーん」というダーリンの声が聞こえてきて。
あぁ、来てくれた!と思ったのに、なかなか入ってきてくれないので
一生懸命名前を呼びました。
でも声に出てたかどうかはわかりません。
電話をすると「誰もおらへんからどこかわからへん」って言うので、
「一番奥の部屋」と言うと、すぐに入ってきてくれました。

まだ意識朦朧とする中、助産師さんが「何かあったら31か32にかけてね」と
PHSを置いていったことをダーリンに言いました。

その時、私はまだ苦しそうにしていたらしいですが
助産師さんを呼び出すと「子宮収縮の痛みやから大丈夫」と言っていたみたいです。

だんだんと意識がはっきりしてきて、手足も動かせるようになり、
時間を聞いてみると、手術後、すぐぐらいに目覚めたみたいです。
麻酔のききが弱かったのかも。

そのまま1時間、2時間と経つうちに、痛みも和らいできて
重い生理痛ぐらいにまでおさまってきました。
ダーリンがそばにいてくれることで、安心もできたし。

そして、おしりのあたりがびちょびちょになってるのに気付いたので
ダーリンに「ここ濡れてるねんけど、水?」と見てもらったら、大量の血でした。
後で脱いだときに見てみると、手術着もショーツも真っ赤になってました。

そして午後4時。
子宮口を広げる処置を始めてから約4時間後。

先生に診察してもらうために、起き上がろうとすると、まだ麻酔が残ってるみたいで
ふらふらしました。
ゆっくりと内診台まで行き、見てもらうと、「術後の子宮としてはきれいですね。」
とのことで、帰れるとこになりました。

その夜は、お腹が痛くて目が覚めて、ほとんど眠れませんでした。
翌日も翌々日も、お腹が痛くて痛くて、立つのも座るのもつらくて、
家事もほとんどできず、ずっと寝転んでいました。
痛くてたまらないので、眠ることもできませんでした。

そして手術から3日目の今日。
お腹の痛みはだいぶましになりました。
数分に一度はぎゅーっと差し込むような痛みがあるけれど、
その時以外は、重い生理痛ぐらいの痛み。

流産がわかった6日と、手術をした7日の二日間で、
一生分かと思うぐらいの涙を流しました。

赤ちゃん、産んであげられなくてごめんね。
また妊娠できるかな。
次も流産したらどうしよう。
赤ちゃんが育てへん体やったらどうしよう。
ダーリンをお父さんにしてあげられへんかったらどうしよう。

そんなことが頭をぐるぐるまわる。
考えてもしかたないのはわかってても。

今回のことで、人ひとりを産むって大変なことやってわかりました。
妊娠までの道のりも、産まれるまでの道のりも。

この出来事があったからこそ、夫婦の絆はもっと強くなったと思います。
そして、次に赤ちゃんができたら、お腹にいるときも、産まれてからも
大事に大事にできると思います。

赤ちゃんにはきっと何か理由があって、今回は産まれてこなかったけど、
また私たちをパパ・ママとして選んでやってきてくれると信じてます。


だめでした。 [流産]

8月6日(月)、検診に行きました。

超音波で映し出されたモニターを見たとき、わぁおっきくなってる!人の形がわかる!って感動して。
先生に「こっちが頭ですか?」って指差して聞いたら。

「ちょっと拡大しますね。こちらが頭で、二頭身なんだけども、
前回ここでピクピクってなってた心臓がね、この辺で動いてないといけないんですけど、
見えませんね。あとは診察室でお話しますね。」

目の前が真っ暗になった。なんとか着替えて診察室へ。

「計算でいくと今日で9週5日で、大きさからみると9週3日なので、ごく最近とまったんでしょう。
6週ぐらいで心音が確認できる前の流産はよくあることなんやけども、
3ヶ月に入ってから心臓がとまるってことは、もしかしたら、赤ちゃんとお母さんのお腹が
合わないってことがあるかもしれない。たまたまかもしれないけどね。
これからいろいろ調べていった方がいいかもしれませんね。」とのこと。

その後の話はショックであまり覚えてないのですが、寿命が70歳の人もいれば・・・
みたいなことを話してたと思う。
私たちの赤ちゃんは9週が寿命やったってことを言うてたんやと思う。

手術は8月7日(火)になりました。

病院を出てすぐにダーリンに電話してしまうと、
もうそこで泣いてしまって動けなくなってしまいそうだったので、
歩いて5分の家まで、ものすごく遠く感じながら、ゆっくり歩いていきました。
とにかく帰ろうと思った。

でも歩いてる途中で涙が出てきてとまらんかった。

手術にはダーリンが仕事を休んでついてきてくれることになりました。

泣けて泣けてしかたないし、今のたくさんの気持ちをここに綴るのはまだ無理やけど
ちゃんと記録を残そうと思った。

もう少し寝てから病院行ってきます。


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